病気から学んだこと・考え方

ロンブー田村淳さんの著書「母ちゃんのフラフープ」から学ぶ、死とは?生きることとは?

こんにちは、ゴローです。

本日の記事では、田村淳さんの著書「母ちゃんのフラフープ」について書いていきます。

2020年8月に、淳さんの母親がガンで亡くなりました。そんな母ちゃんとの別れや、淳さんの半生について書かれた本になります。

最後、母ちゃんと淳さんのやり取りの部分は、涙なくして読むことはできません!

ヘンだな。いざ母親と向き合うと、何を話していいのか思い浮かばない。

僕は喋りを商売にしているくせに。本当は山のように話したいことがあるはずなのに。

 

僕個人的には、中学生の時から淳さんが大好きでした。そして、自分が病気をしてからのここ数年は、淳さんの生き方に尊敬するようになり、何度も力をもらってきました。

そんな僕にとって、淳さんの半生が書かれた前半部分は、たいへん面白いものでした。誰にとっても、力の沸いてくるエピソードばかりだと思います。

後半では、誰にでも必ず訪れる、両親との別れについて書かれています。「死」というものについて考える、すなわち「生きること」についても考えていくきっかけになるはずです!

この本の題名の意味が、最後の最後に分かった時、あなたは泣かずにはいられない!

是非、淳さんのこの書籍から、たくさんのパワーと感動を得てほしいと思います!

 

田村淳さんの上京物語。オールナイトニッポン・新宿暴走救急隊・岬の時代

第1・2章では、淳さんの幼少期時代~東京への上京物語~田村亮さんとのコンビ結成~結婚まで、淳さんが当時、どんなことを考えていたかなどと共に書かれています。

特に、山口県下関市の彦島での思い出話は読み応えがあります。ここで過ごした母ちゃんとの思い出話や生き方が、その後に活きてくるからです。

とんとん拍子に売れていったというイメージがありますが、読み進めていくと、そこはやはり本人にしか分からない葛藤や苦労なんかもあったことが分かります。

そして僕個人的には、自分が中高校生の時にやっていたラジオ「ロンドンブーツ1号2号のオールナイトニッポン」が大好きで、この頃から20年ずっと応援してきたので、その当時の話なども出てきて面白かったです。

皆さん分かるかな?ラジオと同じ頃、「新宿暴走救急隊」というロンブー2人が主役のドラマや、「岬」などのシングルCDも発売されていました。ロンブー好きの友人も多く、自分の中でロンブー全盛期の頃でした。

 

田村淳さんの言葉から感じる優しさ・感性

第3章に入ると、淳さんの母ちゃんが、左肺にがんが見つかったという話から始まっていきます。ここからは、僕が共感したことや読者の皆さんに伝えたいことを、本の中からピックアップしていきます。

1つ目は、東京や九州の病院まで行こうと淳さんが提案するも、車で移動するだけでも辛いと母ちゃんから言われ、淳さんが感じた言葉です。

病を持っている人間にとっては、長時間の車の揺れは、体にきついのだということを知った。その人でなければわからないことは、世の中には山のようにあるのだ。

まずは、僕が同じ状態だからこそすごく共感しました。僕の場合は、座ったり体を長時間起こしているのが難しいわけですが、かといって、寝た状態での車移動なら大丈夫というわけではありません。特に30分を超えてくると、体への負担が大きくきついです。

横になっているだけなんですけどね、物理的には。淳さんが言うように、その人本人でなければ分からない感覚だと思います。

僕がここで一番感じたことは、母ちゃんの言葉から、淳さんがその人の身になって考えることができるのが、さすがだな!と思いました。世の中には山のようにあるのだ、という言葉からも、母ちゃんだけではなく世の中のいろんな人にまで目が向いているのが分かり、淳さんの優しさを感じずにはいられません。このように考えられるのって、頭では分かっていても、簡単なことではないと思います。

 

母ちゃんの意思(手術はもうしない)を尊重することが親孝行

 

母ちゃんの意思を尊重するのが、親孝行なのかもしれない。家族といえど、ひとりひとりが考える領域には踏み込めないこともある。

 

がん治療や延命治療はしたくない、自然な死を迎えたい。というのが母ちゃんの希望であり、最初は反対意見だった淳さんも、次第にこういった考えになっていきました。

これについては、人によっていろんな意見があるかもしれません。少なからず、死や病気について考えることが多い僕にとっては、母ちゃんの想いがすごく分かります。そしてもちろん、母ちゃんの意見を尊重しようとした淳さんの葛藤も。

1つ確実に言えることは、淳さんが「母ちゃんの意思を尊重した」ように、患者本人が決めたことに寄り添ってあげてほしいなと思います。

この考え方については、中京テレビ恩田アナウンサーの乳がん治療の時に紹介した、こちらのメッセージと同じなのだと思います。『周りの家族や親しい友人に、本人が選んだこと・決めたことを否定せず、肯定して寄り添ってあげてほしい。』

恩田千佐子乳がん本「一歩先へススメ」
キャッチでおなじみ恩田千佐子アナウンサー(中京テレビ)の乳がん体験が1冊の本に。「一歩先へススメ」に学ぶ多くのこと こんにちは、ゴローです。 本日の記事では、今や女性の10人に1人は生涯のうちになると言われている「乳がん」について書いてい...

 

親や大切な人との別れは突然やってくる

 

子どもは、親が絶対に長生きすると勝手に思っているようなところがある。僕らもそうだった。

 

母ちゃんがなくなった後、淳さんと弟さんとの間での会話の一部です。

ホントにそうですよね。誰がいつ、どうなるかなんて分からないものです。だからこそ、淳さんも言っているとおり、後悔しないよう出来る時に親孝行はしておいた方がいい。

そして、僕から追加して言えることは、「どうなるか分からない」のは、親だけではありません!子ども本人にとっても、いつ何が起こるかは分からないんです。父親の退職祝いをする2週間前に病気になった僕は、6年近くが経つ今もまだ出来ていません…。

だから淳さんのこの言葉は、誰よりも実感しています。でも、僕の場合はまだ生きていますからね!今の状態でも親孝行できるチャンスはたくさんあります。誰がいつ、どうなるかは分からないということを頭に入れて、皆さんにも後悔しないような日々を送っていってほしい!と思います。

 

田村淳さんプロデュース、遺書動画サービス「ITAKOTO」を始めた理由・想いに学ぶ

本の最終章になると、母ちゃんが死ぬ直前に録った動画についての話から始まります。というのも、「遺書」を動画で伝えるというサービスを、淳さん自身がプロデュースしているからです。

そして母ちゃんから送られてきた動画こそが、「母ちゃんのフラフープ動画」だったのです!がんに苦しんでいるとは思えない100回を超える数だったそうです。母ちゃんの優しさとユーモアさを感じるエピソードだと感じました。この本を通して感じる、淳さんの母ちゃんの性格そのものを表しているシーンだと感じさせてくれます。

 

この動画から、既存の遺書の固定観念はなくてもいいと学んだ淳さんが、「ITAKOTO」に込めた想い・期待がこちらです。

死を悲しいものとばかり捉えないで、前向きな気持ちになれるのではないかという期待もある。死を考えることは、生きることだと母ちゃんが僕に、身をもって伝えてくれたように。

「死」という言葉には、否定的というか恐怖に近いものを感じさせるものがあると思います。僕自身も、死をリアルに感じてからというもの、最初は恐怖ばかりを感じていました。それでもある時、死としっかり向き合ってからは、だからこそ生きている今を大事にしよう!と、前向きな氣持ちや感情をわき出させてくれる材料になってくれました。

淳さんも、ITAKOTO・遺書に向き合ったことで、次のような発見や収穫があったと、書籍の中で語っています。

自分自身、あとどのくらいの時間があるのかを、以前よりもずっと考えるようになった。今日もなんとか生きていて、明日も生きているだろう。命のあるうちはただ懸命に生きていたい。

本当に自分にとって大切なこと、必要なこと、必要ではないことなどが、明確に色濃くわかってきた。遺書を書くという行為は、こんなにも深いものだと知った。

自分であれ、周りの大切な人であれ、死を意識することで「今の大切さ」を知るきっかけになると思います。淳さんのように、遺書について考えることで、それを感じるのも1つの選択肢だと思いますし、別の形でもいいと思います。

少なくとも、この「母ちゃんのフラフープ」を読むことで、自分の死生観について改めて考えるきっかけになると思います。当たり前にやってくると思っている日常について、今一度そのありがたさを感じとっていただければと思います!

 

最後に、淳さんの生き方を象徴する言葉を、書籍の中から紹介したいと思います。こんな生き方ができたら!きっと皆さんも、そんな想いがあるはずです。

 

田村淳さんの生き様・名言から学ぶ!慶應義塾大学院生になった理由

 

(番組のMCの仕事が増えてきた頃から)お笑いの世界だけではなくて、ロンブーをベースに、もっと広いフィールドに活動を広げていきたいと考えるようになった。

まず、目の前の与えられたことをしっかりやっていさえすれば、やりたい道はきっと自然に拓けてくる。そう考えたらようやく気持ちに余裕ができ始め、視野が広がっていった。

 

第2章の122ページに出てくる言葉です。ロンブーの知名度も上がり、司会者として淳さんが活躍し始めていた頃です。司会者よりも、自由に喋って暴れられる立場の方が好きだった淳さんにとって、葛藤があった時期でもありました。

そんな葛藤なども経験してきたからこそ、まずは「目の前の与えられたことをしっかりやる」という考えに至り、実際に結果も出してきました。そこから、芸人(ロンブー)というフィールドだけではなく、音楽活動や大学院への進学、今では社長業まで行っているわけです。

今回、このように本を出版したり、遺書動画サービス「ITAKOTO」を始めたことも、その一つといえるでしょう。

淳さんは、青山学院大学法学部の受験で不合格になっています。それでもその後、慶應義塾大学大学院のメディアデザイン研究科で大学院生となりました。

芸人のくせにいろいろ手を出して…。軸がブレブレと批判する方も多かったそうです。そんな中でも、ある取材で淳さんが答えた言葉が響きます。

やりたいことをやっていたら、それを見た誰かが声をかけてくれて、次のやりたいことが見つかる。ゴールを決めて一直線に目指すのではなく、その時その時にわき出てきたゴールを追いかけ、常にやりたいことをやり続ける!というのが僕の生き方。

いかにも淳さんらしい生き方ですよね。きっと誰もがこんな生き方をしたいはずです。でもほとんどの人は出来ないからこそ、妬みの言葉などを投げかける人も多いのでしょう。少なくとも僕は、こんな淳さんの生き方に憧れます。

現在は病気があって、確かに思うようにいかないコトもたくさんあるわけですが、「今やれること・今やりたいこと」に向き合って、また次に出てくる「やりたいこと」をどんどん増やして、視野を広げていきたいと思います。

何が正解とかは無いんだと思いますが、淳さんのこんな生き様は、きっと多くの人の参考になってくれると思います。死との向き合い方も含めて、この本の中から、是非とも皆さんのヒントになるモノを見つけていってほしいと思います!

それでは、本日も読んでいただいた皆さん、ありがとうございました!

 

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