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【まとめ版】病気のこれまでの経過・変遷(病気発症から現在まで、4年半の流れ)

こんにちは。ゴローです。

2020年3月22日をもちまして、ゴローが病気を発症してから、めでたく?4年半を迎えました。「めでたく」という言葉には、ここまでやってこられたこと・少しずつでも成長していることへの感謝、もっと言えば生きていることへの感謝が含まれています。

ということで、本日の記事では、この状態になってからの4年半の月日について、簡単に振り返っていきたいと思います。病気のこと自体をどーのこーの言うつもりはあまり無いですが、流れを知ってもらうことで誰かの参考になったら嬉しく思います。

今後、この状態になってから試したこと・学んだことなどの詳細を、病気の経過を追いながら紹介していくつもりですので、本日の記事は、それに向けての「まとめ版」(一連の流れを振り返る用)として記しておきます。

 

原因不明・病名不明の時期

 

病気の発症(2015年9月22日)

忘れもしません、病気を発症したと思われる日です。シルバーウィークということで、4泊5日で千葉・横浜などに旅行へ行っている最中でした。その4日目となる朝に、僕は風邪をひきました。

普通の風邪にしては、やけに頭が痛いなあと思いつつ、風邪ひいたくらいにしか思っていなかった(普通、そうですよね)。

そして、異常なまでの頭重感・頭痛があったにも関わらず、ずっと微熱くらいしかありませんでした。今なら分かるけど、熱が出ていなかったことがそもそもおかしかったんでしょうね。免疫がうまく働いてくれなかったということ。

結果的に、この朝以来、今のこの瞬間まで頭重・頭痛がなくなったことは一瞬もありません・・・。よく耐えていると褒めるしか今はないですね。

 

救急車で病院へ(9月29日)

その後、かなりの頭痛がありながらも、なんとか1週間会社に行っていたのですが、この日、手足にしびれが出てきて、我慢していたら感覚がなくなってしまいました。

さすがにこれはやばいぞと思って、早退して電車で家に帰る途中でした。

意識を失って救急車で運ばれることになりました。

 

会社へ休職届の提出(11月18日)

その後、いわゆるドクターショッピング(いろいろな医療機関を次々と受診すること)を続けながら、氣合いだけでなんとか、会社にも行ったり休んだりしていましたが、この日に1ヶ月間の休職届を提出することになりました。

この時はまさか、そのまま3年が過ぎて退職にまでなるとは、これっぽっちも思っていなかったなあ。

その間に、実にいろいろな病名?がつけられました。

ただの風邪だと言われたり、ひどい副鼻腔炎だと言われたり、精神的なものだ・不定愁訴だと言われたり、後頭神経痛だと言われたり、神経症だと言われたり、もう分からん!と言われたりと(笑)

 

 

完全に寝たきりの時期

 

人生で一番怖かった日(2015年12月15日)

会社を休み始めてからも、針治療とか、頭痛専門の整体治療とか、しょうがなく心療内科専門の病院へ行ったりしていましたが、症状は更にひどくなっていき、そろそろやばいんじゃないか!?と自分でも感じていました。

それでも、辛さはあったけど心配はそこまでしていなかったし、会社にもすぐに戻るものだと思っていました。

この日がやってくるまでは。

この15日の夜、今までとは全く違う症状というか、発作みたいなものに襲われました。一瞬でも氣を抜いたら、自分が自分ではなくなるような、ないしは死ぬんだろうなって感じる状況が4時間続きました。

この時が今までで一番怖かったし、もうただ事ではないんだなと、この時悟りました。そして、この恐ろしい発作みたいな症状が、半年間ほとんど毎日続くこととなりました(4時間も連続というのは、この日だけでしたが)。

ここからの半年近くは、ホントに地獄のような日々でした。あんまり言いたくないけど、死んだ方が明らかに楽だなって、何度も思わされました(むしろ、死ぬと思ってたなあ)。

でも、生きていて良かった!ホントによく粘ってくれた!と、この時の自分には頭が上がらないですね。今の自分じゃもう耐えられないと思います。そして、この時の家族・親戚・友達の行動や想いには、ホントに感謝しています。ありがとうございました。

 

主な症状は?

・とにかく、頭重感・頭痛がきつかったなあ(今の辛さとはレベルが違いすぎました)

・呼吸が出来ない時間帯が多くて、とにかくきつかった

・ちょっとでも気を抜くと、失神しそう(これが一番きつかったかな)

・なので、ベッドの上でじっと横になっていられるわけでもなかった(横になっていれば大丈夫、という時間帯が少しでも欲しかった)

・のどが苦しくて、耳鳴りはあるし、頭はボーッとするし

・光がダメで、夜は電気をつけられず、ロウソクでの生活でした(笑)

・音には特に敏感でした。ご飯はベッドの上で、自分の咀嚼音すらきつくて少ししか食べれず(食べれない時もあったので、まだ良かったのかな)

・トイレは壁や床に這いつくばって、風呂はたまに入って、後はタオルで拭いて

みたいな生活でした。今振り返ってみると、改めてよく粘ってくれたと思うし、今の状況と比べたら、間違いなく前進している!と自信を持っていいですね。

 

寝たきり期の病名の変遷は?

 

①脳脊髄液減少症(12月初旬の診断)

この病名については、また詳しく書きたいと思っていますが、ずっと「疑いあり」という状態が続いて、脳脊髄液減少症だと思って生活していた日々が長かったので、他の診断が出た後でも(今もかな)、この病気を自分と関係無いものとは思えないです。

実際、否定もされていないですし、症状もかなり当てはまっているので、合併症とかであってもおかしくはないですね。いずれにせよ、この病名がついている方を、自分とは無関係と思うことはできないです(まあ、他のどんな病名の方でもそうですが)。

 

②起立性調節障害(OD)※サブタイプ:体位性頻脈症候群 (POTS)(2016年5月診断)

これで最後だ!と行った、新しい病院でこの病名がつきました。

座る・立ち上がると一気に脈が上がるという、初めて数値として納得出来る病名に出会いました。ただ、この病気の症状だけにしては、あまりにもひどい症状が多いが・・・という疑問はありました。寝ていても症状がきついわけですし。

 

③自己免疫性自律神経節障害(2016年7月診断)

POTS症状に加えて、これが今の僕の、最終的な病名となりました。症状の中に、失神というのがあったので、少しは納得いくようになりました(血液検査でも陽性だったので)。

それにしても、脳脊髄液減少症から順番に、病名がどんどんレアな病名になっていき、この病気に関しては、症例は100例くらいしかないと言われました(当時)。俗に言う、100万人に1人ってやつですね(笑)

レアすぎて難病指定もされていないので、とりあえず「自己免疫疾患」の1つなんだなと理解して、自分なりにいろいろと試しています。

ただ、その自己免疫疾患というもの自体が、一般的には完治は無いとか言われていますが、僕はあまりそういう常識は氣にしないタイプ(この4年間にそうなっていったという方が正しいかな)なので前進できたと思います。

一般的には治らないとか言われていても、治るもんは治るんだ!ってことを、このブログでみせつけてやりますので、こうご期待!!(実際、調べていくといろいろなタイプの人がたくさんいるんですよねホントに)

 

 

座る・立つ・歩くを練習の時期(~現在)

 

リオデジャネイロのオリパラ終了期(2016年10月頃~)

なんとかまずは、寝たきり状態を脱するために、心身共に動き始めてくれ出したのがこの頃です。間違いなく、このリオの大会で僕の潜在意識のパワーにスイッチが入りました!(試合自体は全く見ることは出来ませんでしたが)

無理に無理を重ねながらも、(横になった状態も含めて)30分テレビを見られる時とかも、この辺から出てくるようになってきました。

 

第4回WBC(野球)開始期(2017年3月頃~)

座る練習を継続しながら、歩く練習にも今まで以上に力が入りました。週2・3回歩く(2・3分くらいですが)というのを、継続的に絶対やる!という意志が強まった時期でした。今でも簡単ではないので、よくこの時期に頑張っていたなと思います。

この時期までは、野球を見ることはほとんどありませんでした。むしろ、野球に触れることが辛くて避けている部分もあったかもしれませんが、やはりこの大会は僕に力を与えてくれました!(前大会の井端選手の活躍も同時に思いだしながら)

 

車いす購入期(2018年3月頃~)

車いすを購入したことで、自分の行動範囲を広げるチャンスが生まれてきました。2018年の1年間を通して、この車いすの存在はかなり大きなものとなりました。

そして、2019年に入り、何でもいいから少しでも興味を感じたら外出しよう!と決めて、昔の自分なら絶対に足を運ぶことのなかったような場所やイベントにも顔を出す練習を重ねていきました(実践的リハビリと位置づけて)。

もちろん、車いすを買おう!と思えるところまで少しずつ前進してきた(座ったり外に出る実践練習を積んで)からこそ、こういったチャンスを掴めたわけですし、この先も次のチャンスや道が開けてくるはずです。

2020年の最大の目標は、外出するということに加えて、人と会う!話をする!という目標を掲げています。体力の衰えはしょうがないですが、頭の衰えも感じずにはいられないので(笑)、そっちのリハビリもなんとか・・・汗

いや、正直笑い事じゃないっす!

 

 

現在の状況

こんな感じで4年半を過ごしてきて、今に至ります。長いと言えば長いですよね。中学や高校なら・・・いや、大学4年間ですら卒業しちゃってる期間なわけですから。

まあでも、流れを振り返ってきて改めて感じますが、僕の出来ることが、スペックが上がってきていることは間違いですし、挑戦できるありがたさに感謝です!

現在の自分のスペックとしては、まずは午前中がとにかくきついです。そもそも眠りが浅い中ではありますが、一応起きた、と認定されたところから、起き上がるまでに2時間くらいかかります。

そこから朝食を少しだけとって、次にまた起き上がるまでに1~2時間かかります(汗)ということで、いつの間にか13時くらいになっていて、もう昼食なんです(笑)

昼食を食べてから、体が少しずつ動かせるようになってくるので、ここから夕食までの時間が僕にとってのゴールデンタイムです。

この間に、1クール30~60分を目安に、テレビを見たり、庭に座ったり、パソコンをやったりしています。間に休憩で、ベッドに横になっているといった感じです(ちなみに眠りに入れることは99%ないです)。

そして、実践形式として、公園にイスを持っていって座ったり、昼食を食べに行ったり、たまに車椅子で実践的外出をしたり、という感じです。

人が訪ねてきてくれた時や、ここで勝負だ!という感じで長い時間座る時もあるのですが、その分その後にダメージがいつもよりちゃんとやってくるので大したものですわ(笑)

まあでも、この勝負の時間を作っていかないと、次のステージには進めませんからね。

 

これが、今の僕が持つ、基本的なスペックです。

これを最大限に利用していけば、車いす遍路など&ブログ投稿も可能だぞ!というわけです。ただ座っているだけとはわけが違うので、どこまでやれるか分かりませんが、イメージトレーニングだけはばっちりです!

今後やれることをどんどん増やしていきます!よろしくお願いします!

 

POSTED COMMENT

  1. Toshihiro Niwa より:

    前向きにいつも挑戦し続けている姿は本当に立派だよ☆
    みんなで復活を信じてます!
    また是非再会しよう(^^)

    • Goro56 より:

      コメント、そして励ましをありがとう!
      いつも復活を期待してくれていて嬉しいよ!
      初めてのコメントだが、うまく表示できるかな(笑)

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